「ロジスティクス」の意義 我が国では、「ロジスティクス」の語義は、軍事用語の「兵站」の意味で、それをビジネス分野に適用するようになったと説明されている。しかし、これでは、なぜ「ロジスティクス」が話題になったのかを理解することはできない。米国で注目された理由は、軍事用語の「ロジスティクス」が単なる「兵站」から変化したからであり、その戦略・戦術上の現代的意義が、ビジネス分野の経営管理方式として重要視されたことにある。 決して、「物的流通=物流」+「情報」ではない。また、米国において、軍事(ミリタリー)ロジスティクスと民事(ビジネス)ロジスティクスは、別物では無く、同一の理論枠で議論されている。 |
軍事用語としての「ロジスティクス」の変化(1) 我が国で入手しやすい文献上での軍事用語としての「兵站」の意味役割の変化を、性格に、わかりやすく説明している資料は、下記の資料である。 ジョミニ著、佐藤徳太郎訳『戦争概論』(原書は1838年刊)、2001年、中公文庫(中央公論新社)の訳者解説「ジョミニについて」(pp.219-)である。「兵站」「倉庫給養」に関する変化について、以下のように説明している。 <フランス革命以前の戦争> 1)君主と常備軍(傭兵)による戦争の時代 「傭兵を主体とする君主の軍隊は、倉庫給養に依存するより外に生存の手段をもたなかったので、その行動範囲は自ずから限られており、せいぜい国境要地の争奪に任じ得るだけであって、したがって制限戦争以上の行動は実行しようにもできなかったのである」(p241) <フランス革命以後の戦争> 2)フランス革命以後の民衆による大衆軍の運用を可能にした条件: 師団編制、銃器の進歩、火砲の移動性能の向上 大衆軍運用による「給養補給面での画期的な大変化:」(p245) 「今や、徴発が、軍の給養法として第一義的に重視されることになった」(p245) 「これまでの倉庫給養の呪縛から免れた軍は、必然的にその移動性能を増大した」(p245) 革命大衆軍の出現により、「国境を巡る陣地の戦争は」影を潜め、「敵野戦軍撃滅の必要性」に変化(p246) 「相手国政権の打倒を目指す式の戦争を招来することになった」(p246) |
軍事用語としての「ロジスティクス」の変化(2) 「ロジスティクス」に関する古典的な英語版資料としては、米国NUD(防衛大)復刻版、Pure Logisticsという文献が有名である。原著は、ジョージ・ソープ(George C. Thorpe’s)著、1917年刊、副題は「戦争準備の科学」である。ここでのpure(純粋)の意味は、applied(応用)に対する語義で、基礎とか基礎理論の意味である。本書pure logisticsの内容は、平時における武器、衣類、医薬品等の工業生産の重要性を指摘したものである。 NUDの「まえがき」では、フォークの言葉を引用して、ソープの1917年の著書は、ジョミニの『戦争概論』と第二次大戦後のロジスティクス論文との間をつなぐ歴史的意義のある文献であると位置づけている。 特に、本書を有名にしたのは1986年に復刻した際のスタンレー・フォーク(Stanley L. Falk)の18ページに及ぶ紹介序文である。ここにフランス・ナポレオン時代からの小史が含まれている。フォーク序文の骨子は以下のとおりである。 「ロジスティクス」という言葉は米国でも100年以上にわたって使われ、非常に広範な意味を有するようになっており語義の曖昧な用語になっている。しかし、ソープの著書は、「ロジスティクス」を科学的に定義し活用しようとしており、その戦争における意義と機能は、戦争の成否にとって重要な意義を有することを明確にしている点で画期的である。 「ロジスティクス」の役割は、長い間、無視されるか誤解されてきた。かつては、アレキサンダー大王の遠征、ローマ軍の展開に重要な役割を果たした。しかし、中世封建期には、それほど有効でなくなった。この時期、大砲にみられるように兵器が重くなり大きくなり、輸送に必要な兵士や馬や未舗装の道は、その運用を大きく制約した。。この時期の対照的な運用例は、13世紀の元(モンゴル)軍の迅速で柔軟性に富んだ兵法であった(制約は家畜の牧草供給の可能性)。 17世紀初頭までに欧州の軍隊は巨大な規模になり、永続的な固定施設からの補給は実際的に不可能になった。このため軍の移動や駐留は、占領地からの兵士の食料や兵馬への食糧供給可能性によって大きく左右されるようになった。このロジスティクス・パターンは、多くの技術革新や改良にもかかわらず、その後2世紀にわたって基本的に変わっていない。ナポレオン軍は、特にロジスティクスを重視し、迅速な兵の移動や戦闘と食料等の効率的供給の詳細な計画を作成・実行した。 第一次大戦までに大きな技術革新があった。蒸気船、鉄道、ガソリン自動車、通信システム等の登場は、軍事力の供給・維持方法を画期的に変化させ、燃料供給を変えた。新兵器の開発は、弾薬の供給量や供給方法を変化させた。第一次大戦前までにロジスティクスの重要性はあまり意識されなかったが、米国南北戦争(1861−65年)、普仏戦争(1870−71年)、日露戦争(1904−05年)は工業力の軍事的重要性を認識させた。 第一次大戦は、戦争を、ロジスティクスが基礎的・包括的役割を担う「ビジネス」にし、その管理技法が重要視されるようになった。 ロジスティクスの語源は、ギリシャ・ラテン語系の計算や数学の意味で用いられるロジスティコスやロジスティカに求める学者もいるが、軍事用語としてのロジスティクスはフランス語を語源とし、ロジスはロッジング(宿泊)やクオーター(兵士の宿舎)を意味する言葉である。その戦略的重要性を指摘したのはジョミニであり、「ロジスティクス」の用語を用いた(その広範な機能は、上述『戦争概論』では、pp174-177の18項目に示されている)。 米国では、クラウゼビッツの『戦争論』より早くジョミニの『戦争概論』の英訳が出版され、南北戦争期にも読まれたにも関わらず、米国の軍事関連文献における「ロジスティクス」の用語は、1870年代後半まで見られなかった。しかし、『海軍戦略』の著者、マハンが1888年にその艦船運用へジョミニの『戦争概論』における内線理論を応用することによって、米国における関連研究が加速された。ただし、「ロジスティクス」の用語は幅広く用いられることはなかった。 ソープは、20世紀初頭の海軍士官と同様に、軍における多様な職種を経験している。1875年に生まれ、米西戦争などに従軍したが負傷のため早くに退官し、1903年にはアジスアベバへ外交官として赴任、その後、キューバやパナマ、大西洋で各種任務に就任、大学で修士号等を取得、1917年から19年にかけてサントドミンゴでの連隊指揮官等を勤めたが、体調の悪化のため1923年に退官、1936年に死去した。 Pure Logisticsはニューポートの海軍大学校での1年半の学生および教師として勤務の後に出版した。この時期、ソープは初めて兵学全般を研究し、特に軍事史に関心を持ち、ロジスティクスの研究も行った。 ソープは、ロジスティクスを戦争の科学として扱った。戦略・戦術は戦争を指揮し、ロジスティクスは戦争の手段を提供する。ソープのロジスティクスの定義はジョミニ同様、物資の供給・輸送だけでなく、設計・生産・計画・維持管理、管理運営・教育といった広範な内容を含んでいるが、重要なメッセージは、その活動構成要素(エンティティ)単体ではなく、それらの戦略・戦術と同等の位置づけをもち、それらに整合すべき相互依存関係のある多様な活動の一貫した全体像の理解にあるということである。 その後、ソープは、ロジスティクスのための調整組織や教育機関の設立を提案したが、当時、第一次大戦への対応に追われていたワシントンに無視された。しかし、1920年国防法における計画内容にロジスティクス分野が加えられ、1922年には関連調整組織が設立され、1924年には大学が設立され、1920年代後半の数年間、海軍大学校はロジスティクスの講座を設けた。ただし、ロジスティクスは狭義の考え方で扱われ、ソープの思想は無視された。 第二次大戦後、1945年に海軍大学校の図書館で5冊のPure Logisticsが発見され、一部の人の間で読まれていた。しかし、その後、軍事史や実際面でのロジスティクスの研究が多くなったものの、理論的な研究は少なかった。ここで、フォークは、1930年代からベトナム戦争までのロジスティクス関連の主要文献を紹介している。そのうえで、ソープのような体系的・構造的分析の文献がないことを指摘している。 米国の物的流通学会(現CSCMP)の発足は1963年、ロジスティクスの名称に変更した時期は1985年、サプライチェーンのSCMを含む名称に変更した時期は2005年である。 |
軍事用語としての「ロジスティクス」の変化(3) 「ロジスティクス」のもう一つの変化は、ライフサイクルコストの重視である。武器装備の調達費だけでなく、その運用を保証するための維持管理や燃料・部品補給を考慮した費用を重視すべきであるということ、そのためには企画・設計段階からILS(Integrated Logistics Support)が必要であるという考え方である。 米国ロジスティクス学会(SOLE: International Society of Logistics Engineers)の1966年の設立は、ILSアプローチを支援するための教育研修機能を支えることを意図しており、ロジスティクス概念の革新を示すその象徴的な出来事であった。 文献としては、Benjamin S. BlanchardのLogistics Engineering and Managementがある。 |
補足「物的流通」 ボワーソックス編の「物流と経営」(Physical Distribution and Management、1961年)が産業界に大きな影響を与えた理由は、その1968年改訂版序文にあるように、「製造とマーケッティングの間のグレーゾーン」に経営戦略上の重要な価値があることを経営者に訴えることができたからである。 |